戦後日本社会は、急速な経済成長とともに、個人主義的な価値観を強めてきた。それまでの共同体的な倫理観が変容し、個人の自由や自己決定が重視されるようになった。この変化は、終末期ケアの在り方にも大きな影響を及ぼしている。本稿では、戦後日本社会の個人主義的世界観の形成過程を概観し、それが終末期ケアにどのような影響を与えてきたのかを議論する。
特に、戦後の経済成長によってできた、家制度の崩壊と個人主義社会の成立による社会的な看取りの制度を回復させる試みとしての「共創的ターミナルケア」と「ターミナルケア指導者」についても考えたい。このターミナルケア指導者資格は国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学と知識環境研究会が2010年に発表した「共創的ターミナルケア」という概念が基になっている。この共創的ターミナルケアに基づいて2014年から資格認定がスタートした、日本における終末期ケアのマネジメント的指導者資格である。
1|戦後日本社会の個人主義的世界観の形成
日本社会の価値観は、戦後の民主化政策や高度経済成長を通じて大きく変化した。戦前の日本では、家族や地域共同体が強い影響力を持ち、個人よりも集団の利益が優先される傾向があった。しかし、戦後の民主化政策により、個人の権利が強調され、家族制度の変容が進んだ。特に、以下の要因が個人主義的世界観の形成に影響を与えたと考えられる。
1. 憲法改正と人権意識の高まり:日本国憲法の施行により、個人の尊厳が法的に保障された。
2. 経済成長と都市化:高度経済成長期において、都市部への人口流入が進み、核家族化が進展した。
3. 教育の普及と価値観の多様化:戦後の教育改革によって、個人の自主性や選択の自由が強調された。
4. 医療の進歩と自己決定権の拡大:医療の発展により、治療選択の幅が広がり、患者自身の意思決定が重視されるようになった。
2|個人主義的価値観が与えた終末期ケアへの影響
個人主義的な価値観が浸透するにつれ、終末期ケアのあり方にも変化が見られる。ここでは、自己決定権、尊厳死、家族の役割の変化といった側面について論じる。
2-1|自己決定権の拡大
個人主義が強まる中で、終末期医療においても患者の自己決定権が重視されるようになった。従来、日本では「家族が代わりに意思決定を行う」ことが一般的であったが、現在では「リビング・ウィル(事前指示書)」の普及や、患者本人の意思を尊重する医療方針が広がっている。
2-2|尊厳死・安楽死の議論の活発化
個人の価値観の多様化に伴い、「尊厳死」や「安楽死」に関する議論が活発になった。特に、延命治療の是非については、家族よりも本人の意向を尊重すべきだとする意見が増えている。戦前の日本では「生を全うすること」が倫理的に重視されていたが、現在では「どのように生を終えるか」という選択の自由が求められている。
2-3|家族の役割の変化
個人主義の進展により、家族の役割も大きく変化した。かつては、終末期のケアは家庭内で行われることが一般的であったが、現代では医療機関や介護施設に依存するケースが増えている。これにより、家族間の関係性や責任の所在が変わり、倫理的な葛藤が生じることも少なくない。
3|終末期ケアの課題と展望
個人主義が進む一方で、それが必ずしも終末期ケアの質を向上させているとは限らない。以下のような課題が指摘されている。
1. 家族の支援不足:個人の自己決定が重視される一方で、家族の負担が増加し、精神的・経済的な問題が発生している。
2. 医療と倫理の対立:患者の希望と医療倫理の間にギャップが生じることがある。例えば、延命治療の選択について医療者と患者・家族の間で意見が対立するケースが増えている。
3. 孤独死の増加:個人主義の進展により、社会的なつながりが希薄になり、孤独死の問題が深刻化している。
今後の終末期ケアの在り方として、以下のような対応が求められる。
– アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の普及:終末期に備えて、患者、家族、医療者が事前に話し合いを行う仕組みを強化する。
– 地域包括ケアの推進:医療機関や介護施設だけでなく、地域全体で終末期ケアを支える体制を整備する。
– 倫理的ガイドラインの明確化:医療と倫理の対立を回避するために、終末期医療の基準や指針を整備する。
おわりに
戦後日本社会の個人主義的世界観の進展は、終末期ケアの在り方に大きな影響を与えてきた。自己決定権の拡大や尊厳死の議論の活発化は、個人の尊厳を重視する点では肯定的な側面がある。しかし、同時に家族の役割の変化や孤独死の増加といった課題も浮かび上がっている。今後は、個人の意思を尊重しつつ、社会全体で終末期ケアを支える仕組みを強化することが求められ
